2017香港・マカオ旅行:香港歴史博物館

ビクトリアピーク観光を終えた時点での他の家族の意向としましては、
家族1「早くマカオに行って、プールで遊びたい」
家族2「早くマカオに行って、ホテルで寝たい」
家族3「どうでもいいけど、疲れたくない」
私「では、多数決の結果、予定通り「香港歴史博物館」に行くことにします」
3人「えーーーー」

尖沙咀(チムサーチョイ)にある「香港歴史博物館」へは中環(セントラル)からMTRで行くのですが、中環駅までは下り坂なので歩くことにしました。

私 「トラム!乗りたいね〜!」
パパ「乗りたくない人〜」
3人「はーい」
私 「・・・・」

金鐘(アドミラルティ)からMTRに乗ってもいいので、金鐘までトラムに乗ろうと家族を誘ったのですが、暑い中を歩かされているからか、反対されたのでやめました。
旅行に来ているのに、「乗りたくない」という選択肢があることがおかしいと思うんですよね。

香港では、トラムやタクシー、バスは多く見かけるのですが、自家用車はあまり多くない印象でした。
でも!走っている車は高級車が多く、スーパーカーも何度か見ました。
中環駅へ向かう交差点では、目の前を真っ黄色のランボルギーニカウンタックが猛スピードで走り抜けて行きました。こんな車が公道走っているのを見たの初めてかもしれません。

中環はいかにも金融街という趣でしたが、休日だったこともあり公園には休日を楽しむメイドさんが集結してお祭りのような賑やかさでした。家族を残して異国の地で頑張っていて偉いなあ・・・。

私は中環で、世界一安いというミシュラン星付きレストラン”添好運點心專門店”に行きたいと思っていたのですが、そのお店のあるIFCまで少し距離があり、家族が乗り気ではなかったため、行けませんでした・・・・。

尖沙咀(チムサーチョイ)からまたまた歩いて香港歴史博物館へ。タクシーを呼び止めたものの、「パートタイムの運転手だから香港歴史博物館がどこなのかわからない」という優しい嘘で乗車拒否されたので乗れませんでした・・。近すぎるからですよね。毎回タクシーを止めるのに意外と手間取ったので、次回はUberなどをうまく利用できればいいなと思いました。

歩いても10分くらいでした。

香港歴史博物館に到着し、まずはそこのカフェ(香城茶室(City Cafe))で休憩することにしました。とてもレトロな雰囲気です。

先にカウンターで注文するのですが、後ろに人が並んでいたためやや焦って、店員さんに勧められるまま4人分”ALL DAY SET”を頼んでしまいました。でも冷静に考えると、アラカルトで吟味して注文すればよかったです。他の3人からは「なんでもいいから注文してきて」ということだったんですよね。

そして届いたのが、ザ・インスタートラーメンとハムと卵とパンとドリンク×4人分のセットです。

「ねえ、これどうするの・・・?なんか4セットもあるんだけど・・・。」
「僕、ピザが食べたかった!」

私もね、気持ちは飲茶だったんです。ミシュラン星付きでも”世界で一番安い”なら我が家も大丈夫なのではと計画していたんです・・・。でも、歩きたくないっていうし。

私「ママに任せるとこうなるってこと。だから次からは自分でしっかり頼みたいものを頼むことね・・・」

メニューにズバリ”インスタントヌードル”って書いてあるところがなんとも斬新です。
香港では”出前一丁”が大人気らしいのですが、メニューの中にも”出前一丁”とか書いてあるらしいです。
日本だと、「いやいやそこは隠そうよ」みたいなのがありますよね。
メニューの中に「レトルトカレー」があるようなイメージですよね。

「香港で、インスタントラーメン・・・・・・」(byパパ)
だったらなんだというのでしょうか。

今回の旅行、香港・マカオといってもマカオがメインで、人間の欲でギラつく都市の姿を子供達に見せることは教育的な観点からはいかがなものかという気がするので、少しでもこの旅行に教育的見地からの意味を持たせるべくの歴史博物館!

有史以前から香港返還までの歴史を学ぶことができます。
義務的に投入してみたものの、これが結構面白かったです。
日本に大陸から伝わったものっていろいろあると思うのですが、大陸側からみると「ああ、これ日本に伝わったよね!」なんていうのがあり、なかなか興味深いです。
・・・まあ、子供達はそんなことを味わうでもなく、さっくさく通り抜けて行きます・・・。
パパにいたっては、「気にしないでゆっくり見てきて。休んでるから」とかいって、見学放棄
もうね、いろいろひどいです。

アヘン戦争による香港の割譲以降の街並みや民俗がなかなかに見応えがありました。
こういう雰囲気、とても好きなんですよね。ゆっくり見たかったな。

HSBC。歴史ありますよね〜。

そして日本占領時代。
展示スペースも”防空壕”をイメージしたそうで、”暗黒”の時代がうまく表現されていました・・・。
そういう風に見せたいという意図もあるのかもしれないのですが、ただ、当時の日本についてどう見えていたのか、それを今どう見せているのか、ということを知ることも大事だと思うんですよね。
子供達は何か感じるところはあったのでしょうか・・・・・・。

今も世界では紛争中の国もあり、そして日本にも不穏な空気が漂っていますよね。

ミサイルより不倫が大問題な世の中もどうかなと思いますが、「正月グアムはひょっとして狙い目?」とか思ってしまう私も平和ボケ極まれり・・・。

子供達の時代も平和な日本でありますように・・・・・。

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